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talking place Wax Alchemy 諏訪内 保インタビュー:〈後編〉 カルチャーを刻む工房──ダブプレート・カッティング

talking place#07
with Wax Alchemy

ダイレクト・カッティング

さらにベース・ミュージック的なところで言うとGoth-Tradさん。

Wax Alchemyゴスさんは、本当に普通の音楽の感覚じゃないですね、ベクトルがそもそも違うというか。レコードに入れ込むのも限界の音が入っていて。トップ・エンドも入っていて、超ローエンドも入っている。これはレコードで再現しにくい音なんですね。最初カットしたレコードとか、本当にダメで。当時よく言われたのは、セルフ・マスタリングで作ったデータ音源をCDJでプレイする、それ以上に音がよくないとカッティングする意味がないと。とにかく、現場でそれ以上の鳴り方をする音をカットできるシステムを構築しようというのが、彼とのやりとりでしたね。

それはレコードに落とし混む直前に、レコード用に作るデジタルの最終的なマスタリングとかも含めてっていうことですよね。

Wax Alchemyあとはデジタルの音源からアナログ・レコードにトランスファーするシステム。そこはカッティング・ハウスによって全然違うんですよ。「デフォルトでローカットがこのぐらいのレベル入っていて、トップ・エンドはここから上は入れない」というような決まりごとも含めてなんですが。それはカッティング・ヘッドの保護という意味もあるんです。まず、Goth-Tradが「そんなものははずせ」と(笑)。壊れる限界を知るところからはじめようと。カッティングしてできる音だけを判断材料にして、定石というかセオリーとしてやってはいけないとなっているところを取っ払ってそこからギリギリまで攻めて構築するというやり方ですね。エンジニアの都合は一切無視で、出したい音を出すと。片っ端からタブーというものを犯して構築していきましたね。

ちょっと基本的なところに戻ると、ダブ・プレートといっても、昔のアセテート盤とは違って、いわゆるレコードと同じ素材のものに彫り込んで作るんですよね。

Wax Alchemyダイレクト・カッティングという方法で、塩化ビニールの盤、そこにカッティング・マシンで音を再生するための溝を刻むという。黒板をこするとギーってすごい音でるじゃないですか? アレを高精度で音として制御して刻んだものという感じですね。

基本、扱いはレコードと一緒なんですよね。いわゆるアセテート盤はそれこそ再生回数が盤面が柔らかく、すぐに溝がなくなるので再生回数が限られているという。

Wax Alchemyほぼ、レコードと同じですね。逆にいえば、普通の市販のレコードと同じ様な劣化の仕方はしますし。ただ、プレスで作られる溝よりも、やはり高精細な溝になるので最も音は良いとはされています。

ダブ・プレートを作るとき、一番気をつけていることってなんでしょうか?

Wax Alchemy最初はいろいろあったんですけど……例えば低音モリモリにして、トップ・レンジをあげると音抜けがいいのでみんな喜ぶんですけど、それは最初の数ヶ月だけで、そういう小手先が通用しない案件も取り扱うようになるんですね。ファンデーションのレゲエをカッティングしたりするときは、当時の音の良さというのがあるので、あまりいまの音にしちゃうと良さが薄れてしまうというか。だから小手先ではなく、楽曲単位でこの楽曲に対してベストはなにかというのを探っていかないと通用しなくなる。いまは音を触るというよりも、まずは楽曲をちゃんと聴くという時間のが多いですね。

分析をして、そこから最良の方法でアプローチするという。

Wax Alchemyそうですね。究極的なことを言うと、デジタルのマスリングはなんでも収録できるんですね。低音を強くしたかったらできるし、高音もできる。でもダブ・プレートはアナログなので低音を入れすぎると針が飛ぶ、高音を入れすぎたらひずむ、音圧をあげすぎると針が飛んだりひずんだり。いろいろなNGがあるんですけど、そういう部分で起こりうる問題を消していくというのがレコードを作る上で重要なんですね。ある意味で医者みたいですね「この曲は突発的なピークがあるから、そこは抑える」とか「高音がひずみそうだから抑える」とか、レコードに収録するのにベストな状態にもっていくかということですよね。もちろん、それが本来のマスタリングの作業なんですけど。

アナログは制限があると。

Wax Alchemyデジタルは本人が意図したものをそのまま出せるんですけど、アナログは制限があるので、そのなかでちゃんとトランスファーして、悪いところを直すというのが最初ですね。その上で、どれだけ音をよくできるかという。

海外からの受注はいまでも多い?

Wax Alchemy海外多いですね。ダブステップ~ステッパーズ、ダブ勢が中心ですけど。今日来ただけで……UKのダブステップのアーティストから20曲。国内の和モノのDJさんから5枚だから10曲分。そのぐらいは毎日来ますね。

納期はどんな感じなんですか?

Wax Alchemy最初は馬鹿みたいに「最短翌日」ってAmazonみたいな言い方してたんですけど、やりはじめたら全然まわらなくて。いまは2週間ぐらい待ってもらっちゃいますね。それでもギリギリという感じで。

1枚、例えばダブ・プレート、7インチ片面仕上げるのってどのぐらいなんでしょうか?

Wax Alchemyそれは元のデジタル・データによりますね。まずはいわゆるデジタルの作品としてマスタリングされたものが届く。それをアナログ用に調整するというタイプがひとつ。さらに個人のクリエイターさんの曲とかはマスタリングもされていない、単純にミックスダウンのみながなされているものがひとつ。これは単純にマスタリングもするのでさらに時間がかかりますね。アナログ用のマスタリングがされているようなデータもあって、それはやっぱり早いですね。そういうものであれば、7インチ1枚最短で片面30分とかで仕上がりますね。やり方としては、まずはテスト・カットして、そこからまた補正はしますね。

アナログの状態でチェックすると。

Wax Alchemyデジタルで補正したものと、アナログでカットした音に誤差がないか、その部分も確認して追い込むということをやりますね。そうしないと難しいのは、いまいわゆるクラブやサウンドシステムでプレイする、いわゆるダブ・プレートだけではなく、ユーザーのなかには私家版のレコードを作られるかたもいらっしゃるんですね。あとはオーディオ・ショー用のレコードとかも案件としてありますね。そうなると再生環境はピンキリなんですよね。数千万円のピュア・オーディオで聴いている人もいれば、あとはもう本当にポータブルなレコード・プレイヤーでしか聴かないというような人もいるので。そういう意味では、もらったデータをそのままの音質で盤として戻したら、それは「劣化」なんですよね。もらったデータを最低限なにか鳴りをよくして盤にして返して、やっとトントンなんですよね。良いシステムで鳴らせば、もちろん良く聞こえると思いますが、全てのお客さんがそういう環境とは限らないので。

培った耳

なるほど、レコードを作るということで言えばいわゆるクラブの現場用のダブ・プレートだけではないですよね。

Wax Alchemyあとはさっきも言ったようにデジタルって、わりと出したい音がそのまま再生ができて、再生機器~デジタル・プリ・アンプ~スピーカー or イヤフォンというのがベーシックな環境だと思うんですが、アナログの場合はまずは針があって、そこからトーンアーム~フォノ・イコライザー~プリ・アンプ、そのあとでパワーアンプとか分配器、そこからスピーカーだと思うので、いろいろなクオリティとか接続にしてもいろいろな可能性があるんですよね。

アナログ、歴史もあっていろいろな方法論がありますよね。

Wax Alchemyなので自分の制作環境に関しては、癖のある再生方法をやっていたら、先方の再生環境を把握できない分、そこで作業したら偏った音を作ってしまう可能性があるのでできるだけ癖のないデジタルな環境で自分は制作しています。とにかく、結線・接点がとにかく少なくなるようにしています。最後の最後のテスト・カッティングの部分のみアナログという感じですね。

いちばんいままで大変だったカッティング仕事ってなんですか?

Wax AlchemyGoth-Tradがクラウドファンディングで作ったレコードですね。たしか200枚だったかな。それを手切り、ダイレクト・カッティングで1枚ずつ。彼の曲なんでそもそも低音の処理なんかもしんどいですし、ヴォリュームもかなり入れるんですが、それはイコールでカッティングする針の消耗も激しいんですね。途中で針を替えると音が変わってまた調整しなきゃいけないしで。それを延々とカッティングしていくんで単純に体力的にもつらくて(笑)。あとは別の音源ですけど、Goth-TradがBPM85の遅いイーヴン・キックの曲をやっていて。でもそのスタイル、例えばダブステップならダブステップの音像ってある程度決まってるじゃないですか? だけど「このジャンルの音はこれがいい音です」というのが決まって無い状態で、もちろん本人の意向もあるので、それを模索していくのが大変でしたね。いわゆるオフィシャル・リリースではなく、ダブ・プレートならではのことですけどね。いまからジャンルになるかもしれない、新しいスタイルの音楽をやっているので、音楽的解釈を音として現実のものに組みあげて行くのが難しいですね。リファレンスのない新しい音楽をどう形にしていくのかという。アーティスト本人と自分の感覚しか、基準にするものがないという。音圧はコッチで音像はコレのがいい、みたいなことをずっとやり続けて作るという。あとはクラシック関係はすべて大変ですね。

それは保存用にいわゆる私家版的なものを作るという?

Wax Alchemyそういう方もいらっしゃいますね。クラシックの場合は、ほぼ無音に近いフルート・ソロから、マックスはフル・オーケストラの楽器が全員鳴っている状態に1曲のなかでなることもあって。人数にすると1から40倍に膨れ上がる。そのレンジ感は生かしつつ、そこにコンプレッサーをかけると30人になっちゃうので、それをアナログの制約のなかでどう整理していくかという。デジタルだと、そのまま出せばいいんですけど。レコードの場合、ノイズも必要で、だけど部分によっては音を小さくしすぎるとノイズとの対比で、ヴォリュームを上げるとノイズが大きく聞こえてしまって。そこを意識させないようにするようにして。あとはピアノ・ソロの部分も大変ですね。あとはピアノはひとりオーケストラって呼ばれている楽曲で、下のレンジから、むちゃくちゃ上まであるんですけど、まとめるのにEQが効かないんですね。

というのは?

Wax Alchemy例えばA(通常の88鍵のピアノにおける49番目のラにあたる音で調律に際に基準とする、現在は国際基準の440Hz)をジャーンと鳴らしたときに、440HzのEQを使う、だけど次の瞬間には違うコードを弾くので、そのEQが通じない、つまりずっとEQが動いてしまうんですよね。もう録り音がよくないと、なんともできないという。低音にコンプレッションしてても、高音のときに当たらないという。そのなかで音圧をでかくして切るというのはなかなか至難の技ですね。

終わりがないですね。

Wax Alchemy基本的にクラシックの人は、ノーEQ、ノー・コンプが普通なので、会場選びがEQなんですよね。会場のリバーヴ、マイクの位置でEQという。それにしてどれだけ、再現性とノイズの比率をよくしていくのかというのが僕の仕事なんです。それがアコースティック系で難しいですね。でも、なんだかんだ言ってダブステップとかベース・ミュージック系はとにかく難しいですね。他のカッティング工房なら「絶対こんなに入れちゃダメ」っていうところまで追い込んでますけど、基本的にアナログ切るのにこんな音入れちゃだめでしょうという音を作ってますから(笑)。変な話、レコードで切るのに最悪なタイプの音源なんですよ。でもそれをあえてレコードにうまく落としこんだときに感動するぐらいすごい音が出るので。でも難しい(笑)。

いまいわゆるカッティング用のマスタリング意外にも、通常のデジタルでのマスタリングもやられてますよね。

Wax Alchemy本当はレコードだけ切っていたかった人間なんですけど……ダブ・プレート用のマスタリングから、そのマスタリングそのものが良いって言ってくれるようになって、結局、オフィシャル・リリースの通常のマスタリングもやることになってという感じですね。たぶん、いわゆるいまのマスタリング・エンジニアの定石とは違って、レコードをカッティングするために培った耳という部分でやってるという部分が違うので、そこを良いと思ってくれるアーティスト・サイドに気に入ってもらえたというか。たぶん、自分の世代でレコード経由でそれができる人がいないんですよね。おそらく、それをやっていたのはアナログ時代の昔からのスタジオについてる、年配の大御所エンジニアさんとかになってしまうと思うので。世代的にもいろいろあって、いま第一線はその下でいろいろなバンドを手がけている世代、その下、自分の少し上は打ち込みとかR&Bで自分もプロデュースもするようなエンジニアのスタイルがいて、さらにその下の自分はベース・ミュージック世代というか(笑)。超ローエンドも知った上で、全体を成立させるという考え方なのでちょっと思考が違うんだと思います。もう自然界にない低音を鳴らした上で、全体をどうやって成立させるかという世界になってますからね。

location:Wax Alchemy Studio
interview date:2019.06.28