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talking place Wax Alchemy 諏訪内 保インタビュー:〈前編〉 カルチャーを刻む工房──ダブプレート・カッティング

talking place#07
with Wax Alchemy

諏訪内 保 ( Wax Alchemy )

All for Your Ears Only - “ダブプレート・カッティング” 至高の一枚を斬り続けるサウンドエンジニア。強靭なアナログレコードカッティングのサウンドを求め、世界中からファーストコールが絶えない。ダブプレートアイコンと言うべき多数のアーティストのプライベートカッティングを担当し、その響が評価されて現在はマスタリングエンジニアとしても数多くのリリースタイトルを手掛けている。

ダブ・プレートとは、いわゆるレゲエ・シーンにて使われている、ワン・オフで制作されていたレコードの通称。そこから転じて、デジタル化が進んだ現在ではその意味も変化し、単にそのアーティストやそれぞれのサウンドシステムのみが持っている特別な音源そのものを指すようにもなっている。現在でも一部のレゲエ / ダブのシーン、そしてその遠い親戚にあたるUK発のベース・ミュージック系のシーンにおいては、レコードとして作られるダブ・プレートはある種の“誇り”であり、さらにその独特の鳴りを求めるアーティストたちによって未だに現場で重宝されている。

レゲエの成長とともに、ジャマイカにて、もともとサウンドシステムで楽曲の反応を見るために供給されていたテスト盤として出発し、次いでそこでしか聴けない特別なサウンドが乗った、そのサウンドシステムの“武器”へと役割が変化していくなかで、いわゆる“スペシャル”とも呼ばれたダブ・プレート。ことジャマイカにおいてはプロデューサーとサウンドシステム・シーン、そこに集まるオーディエンスの反応という強固なトライアングルを媒介し、音楽制作そのものにも影響を与え、レゲエやダンスホールといったジャマイカのオリジナリティ溢れる音楽を生む触媒のひとつとなっていく。そして“ダブ”という音楽自体もこうした動きのなかから生まれたものだ(単にダブ・プレート用のスペシャル・ヴァージョンのことを「ダブ」と呼ぶことも)。1960年代末~1970年代初頭にかけて、キング・タビーが自身のサウンドシステムのために行っていたダブ・プレートのカッティング、そこで繰り出されたミキシングの手法が決定打となり成立したスタイルと言われている(とはいえ決定打というだけで、同様のミキシングを試していたエンジニアたちは他にもいた模様だ)。

カリブ系の住民が多く、サウンドシステム・カルチャーとの親和性が高いUKのレイヴ・カルチャー以降のダンス・ミュージック、特にジャングル~ドラムンベース~UKガラージ~ダブステップといったベース・ミュージックにおいても、その音楽の進化にはプロデューサーとDJ、オーディエンスを結ぶ手段としてダブ・プレートは活用されていった。おそらくCDJ誕生以前においては特にDJのピッチシフトが可能なレコード盤であるという実利的な理由もあるとは思うのだが、それをプレスしプレイするというのは、上記のようにサウンドステム・カルチャーの系譜を継承する音楽としての気概もあったに違いない。そしてこうしたテスト音源やスペシャルの主流がデータやCDRになったいまでも、カルチャーとして、そしてアナログ・レコードの鳴りを求めて、それを求めるものたちは少数だがたしかに存在している。

さて前置きは長くなったが、今回紹介するのは、ここ日本でもダブ・プレートをレコードを作ることのできるエンジニアであり、カッティング・ハウス / マスタリング・スタジオのWax Alchemyを主宰する諏訪内保。国内はもちろん、本場、UKのベース・ミュージック系のアーティストがダブ・プレート制作をオファーするなど、世界的に見ても玄人筋に極めて高い評価を受けている。先頃、dBridge x Itti x Kabuki x UndefinedもこのWax Alchemy謹製のダブ・プレートというスタイルでごく少量リリースされ、話題になったのも記憶に新しい。

インタビュアー:河村祐介 / 写真:西村満

Wax Alchemy

もともとサウンド・エンジニア的なものになるというのはあったんですか?

Wax Alchemyいや、はじめはそういうわけではなくて。イギリスに留学していた時期があって、当時一緒に活動していた人間がマスタリング・エンジニアのアシスタントになったんですね。自分もそこをちょっと手伝うようになって。自分のまわりにはDJとかプロデューサー、トラックメイカーとかがたくさんいて、レコーディングを手伝うというような。それは、いわゆる“仕事”という感じではなく、学生のバイト、小遣いを稼ぐようなもので。それから帰国した後に、都内のマスタリング・スタジオにインターンとして働かしてもらうことになって……でもそれは何ヶ月か行っただけで辞めて(笑)。さらにその後、The Yellow Monkeyのいた事務所に拾ってもらいました。そこでのPAとしての仕事がちゃんとした音楽業界での初めての本格的な仕事という感じですね。そこで所属アーティストのマニュピレートやレコーディング、プリプロの部分でスタジオワーク、ライヴPAとか、なんでもやってましたね。

そこが音まわりのエンジニアのスタートとして、そこからカッティング・エンジニアへ?

Wax Alchemy当時、自分がいたプロダクションはレストランというかハコを持っていて。自分もDJをやっていて、そこでイベントを担当することになって、そこでデブ・ラージさんと知り合うことになるんです。そうこうしているうちに「1枚だけレコードをカッティングできる場所を知らないか?」っという相談を受けて、調べて……調べすぎちゃったんでしょうね。カッティング・マシンを個人で買えるというルートを見つけてしまって(笑)。当時、調べたなかではアメリカとかヨーロッパ、あと国内にもいくつかワンオフでカッティングできるところがあったんですけど、デブ・ラージさんに「ここが良い」と言える自信を持っておすすめできる場所はなくて。大御所のプロデューサーさんにそう言われたら、だったら自分で納得のいくものを作ろうとなってしまって。そこでドイツに飛んで、マシンを個人輸入してというのがスタートですね。

そうなんですね、そのひとことがなかったらここはなかったという。

Wax Alchemyそうですね。そのあともデブ・ラージさんからKemuri ProductionのYasさんとかMighty CrownのCojieさんとかも紹介してもらって。あとは当時、デブ・ラージさんを担当されていたレーベルのディレクターが、Goth-Tradさんも担当していて紹介してもらって…… そこからGoth-Tradさんのダブ・プレートを作りはじめて、今度はそこから海外のダブステップのアーティスト、MalaとかV.I.V.E.K.とかからもオファーがくるようになって……という。プロダクションの仕事をしながらカッティングの仕事も並行してたんですが、そうやって片手間でやるには難しいほど依頼が多くなってきてしまって、自然と独立という。

それにしてもカッティング・マシンの購入ルートに行き着くというのがすごいなと。

Wax Alchemyエンジニアという仕事上、いろいろ調べるということがとにかく好きなんですよ。片っ端から、有象無象の情報を拾っていってそこでたどり着くという。

ちなみにカッティング・マシン自体はいくらぐらいなんですか?

Wax Alchemy安いといえば安いですよ。ベーシックなスターター・キットは3000ユーロちょっとなので、いまの相場だと40~50万円で買えるんですよ。でも、そのままだと音が悪いのでまずはケーブリングに予算はかかってますね。うちは変な話、アコースティック・リバイブさんでそろえたケーブルの方がカッティング・マシンの実機より高いですね。

Wax Alchemyは、デブ・ラージさん、そしていまのベース・ミュージック的なところにつながるGoth-Tradさんが初期において重要なアーティストという話だと思うのですが。

Wax Alchemyデブ・ラージさんは、当時はどちらかというプロデューサー業から退いていて、音源を作りたいという感じではなくて…… 当時は和モノのレア・グルーヴにハマっていて、それをDJ用にエデットしてダブにカットしてということをやっていた時期ですね。当時の印象としてはとにかく納得いくまでやるというところ。全く妥協がないんですね。

カッティング自体もまだノウハウもなくて、かなり試行錯誤ってことですよね。

Wax Alchemyカットして、そのまま自分も何回も現場に遊びに行って音をたしかめて。毎週のようにスタジオに来てカッティングしてたので「この前カッティングしたあの盤の音はこうだったから、もうちょっとここをこうして欲しい」というのを受け手、それを毎回反映させていって、自分もノウハウを蓄積していきました。当時はデブ・ラージさんが一番のお客さんだったんですけど、当初は「俺がお客さんを連れてくるから一般開放するな」とまで言われていて。現在のようにウェブで外から受注できる形ではなくて、デブ・ラージさんからの紹介だけでやってたんですね。ある意味で、一番はじめに相談されて、デブ・ラージさんに貢献したいというところでこの機材を買ったんですが、「客は俺が連れてくる」という感じで。最初の1年~2年ぐらいはホームページもなにも持たずに、紹介者だけでやっていて。YasさんにしてもCojieさんにしても、最初の2年はトップ・オブ・トップの人とだけ仕事をしていたという感じですね。でも、それによってもらえるアドバイスやレスポンスは普通にやっているよりももちろんすごい的確ですよね。